彼女の大きな瞳をどれだけ見てないだろう・・・・・

彼女の笑顔をどれだけ見てないだろう・・・・・

 

彼女は今、病院のベッドで眠り続けている

 

Pure Love

<後編>

 

彼女の瞳を・・・笑顔を最後に見たのはいつだっただろう?

2人、最後の夜僕達は遊園地の観覧車の中に居た。

僕は自分の夢の為に家を出た。

だけど夜の遊園地に行きたいという彼女の為に、岩崎の家に頭を下げた。

僕の今の力ではどうする事も出来なかったからだ。

プライドなんてどうでもよくて、ただ彼女を喜ばせたくて頭を下げた。

そして、彼女はとても喜んでくれて子供のような笑顔を僕に向けた。

それが、彼女の笑顔を見た最後だった。

その日の夜から彼女はずっと眠ったまま。

手を握りながら声を掛けても何の反応もない。

眉1つ動かない。

頭に不吉が過る。

このまま目を覚まさなかったら・・・・・?

このまま身体が冷たくなっていったら・・・・・?

そう考えるだけで、手に汗をかき身体がブルブルと震える。

弱気になっている自分に気がついて慌てて首を横に振った。

僕を1人置いてくなんてそんな事は許さない!!!

君は僕と幸せになるんだ!!!

だから、目を覚ますんだ!!!

お願いだから・・・・・・

僕に君の瞳を・・・笑顔を見せてくれ!!!

彼女の手をギュっと握りしめ、彼女の顔に顔を寄せる。

その時だった。

微かに彼女の手が握り返したような気がした。

「未来・・・・・?」

僕の問いかけに答えるように静かに瞳が開かれる。

「・・・・・・蒼さん?」

弱々しい声だけど、確かに彼女の声が僕の耳に届いた。

大きな2つの瞳が輝きを失わずに僕を映している。

目の前の彼女の顔が涙で霞んだ。

「蒼さん・・・・・泣いてるの?」

その声に慌てて涙を拭い、笑顔で彼女を見た。

「違うよ・・・男はそう簡単に泣いたりなんかしない。それは君の気のせいだよ。」

でも、それは嘘で僕は確かに泣いた。

だけど、男の僕が彼女の前で涙なんか見せる訳にいかない。

僕が泣いてしまったら彼女も泣くに決まっている。

自分を責めながら泣き続けるだろう。

「分った・・・・・そういう事にしといてあげるね。」

彼女は苦笑いしながら身体を少し起こして、僕の顔に白く細い手で触れた。

しっかりとゆっくりと顔の輪郭をなぞるように彼女の手は動いた。

「・・・私、まだ生きてるんだよね・・・・・?こうして・・・蒼さんに触れる事がまだ出来るんだよね・・・・・?」

悲しく笑う彼女にたまらなくなってその細い身体を抱きしめた。

「うん・・・君は生きてこんなにも僕の傍に居るよ。僕の身体には君のぬくもりがちゃんと伝わってる・・・・・。」

抱きしめる手に少し力をいれ、彼女の髪に頬を埋めた時

フワっと何かの香りが漂った。

「・・・・・?今・・・何かの香が。」

「フッフフ。それって桜じゃない?私・・・今まで桜の花びらに埋もれて遊んでたから・・・・・。」

彼女は僕の胸から顔を上げ楽しそうに笑った。

「エッ!?」

普通ならそれは考えられない事。

だが、確かにその桜の香は僕の体を包んでる。

彼女の言う通り、彼女は桜の花びらに埋もれて遊んでいたのだろう。

この不思議な現象も彼女だから起こせたのかもしれない。

「ねぇ・・・・・蒼さん。」

「うん?何?」

「あの丘の桜咲いてるかな・・・・・?」

「そうだね・・・もう咲いてると思うよ。病院の桜もほら、咲いてるし。」

そう言って、窓の外を指指すと丁度風にのった桜の花びらが吹雪のように舞っていた。

「蒼さん・・・・・私、あの丘の桜を見に行きたい。ダメかな・・・・・?」

風に舞う桜の花びらを見ながら彼女はそう言った。

彼女の身体でそんな事が許される訳がない。

だけど、僕は彼女を連れて行きたかった。

彼女の為に・・・・・

僕の為に・・・・・

彼女の始まりのあの桜の丘へ。

丁度そこへ看護士に連れられた担当医師が現れ、僕は話した。

てっきり断られるものかと思っていたけど、答えは連れて行ってもいいと言うものだった。

「立花さん・・・桜をめいっぱい楽しんできて下さい。目に焼き付け肌で感じて、桜で心をいっぱいにして下さい。」

そう言って穏やかな笑みを零す医師は何かを覚悟していたのだろう。

小声で僕に「よろしく頼みます」とだけ言い残し病室を後にした。

僕はその言葉の意味が何を示すのか分っていたけど、

さほど気にも留めず彼女を車椅子に乗せるとあの丘へと向かった。

 

 

 

「うわ〜綺麗!!!」

丘に着いて彼女の開口一番がこれだった。

車椅子から彼女を降ろし、桜の樹の下へと座らせた。

彼女の言う通り本当に綺麗でここだけが別世界のような気がした。

僕と彼女の2人だけの世界。

その頭上からは僕達を祝福するかのように桜の花びらが舞っている。

両手を広げ桜の花びらを受け止めようとする彼女の体を抱き寄せた。

「蒼さん?」

「ほら、髪に桜の花びらが付いてる。」

そう言って髪から取った桜の花びらを彼女の手の平に乗せた。

彼女は少し笑みを零して集めた花びらを上に軽く投げた。

桜の花びらのシャワーが僕達に降りかかる。

桜のシャワーを受けながら幸せそうに微笑む彼女が、何だか消えてしまいそうな気がして慌てて彼女を抱きしめた。

「ど・・・どうしたの蒼さん?」

驚いた声で彼女は僕の胸から顔を上げた。

僕はもうダメだった。

想いが爆発しそうだった。

心配そうな瞳が僕を見上げ、白く細い手が頬に触れる。

「蒼さん・・・・・泣かないで。」

僕は泣いてなどいなかったのに彼女がそう言った瞬間、ポタポタと涙が零れ落ちた。

零れ落ちた涙は彼女の白い頬に伝った。

止めようと思っても止まらなかった。

涙が勝手に出てくる・・・・・そんな感じだった。

「蒼さん・・・・・『男はそう簡単に泣かない。』って言ってたのに・・・・・。」

涙で彼女の顔が見えないけど、そう言った彼女の声は涙声だった。

彼女も・・・・・

僕も・・・・・

泣いている。

それは全てを悟ったから・・・・・

僕は自分の涙を拭い、彼女の涙を指で拭うと彼女の頬を両手で包み込んだ。

彼女の瞳を真っ直ぐ見ながら僕は言った。

「未来・・・・・僕の我がままを聞いて欲しい。」

「・・・・・うん。何でも聞くよ。」

彼女の言葉に僕は深く息を吸った。

「僕と・・・僕と結婚して欲しいんだ。」

「エッ!?」

彼女の瞳が大きく開かれる。

この言葉はいつか言おうと思っていた。

その為に僕はこれを作っていたんだから・・・・・・

「なっ・・・何言ってるの蒼さん!!!だって、私は死・・。」

その先の言葉を人差し指を彼女の唇に当て制す。

そして、近くにあった大きな紙袋を手繰り寄せて中身を彼女に見せた。

「そ・・・蒼さん、これは!?」

「そう、君の為に作ったウェディングドレスだよ。君はこれを着て僕と式を挙げるんだ。

藤村さんや古賀さんも呼んで、皆に祝福されて僕達は一緒になるんだ。」

微笑みながら囁くようにそう言うと、彼女の瞳からまた涙が零れ落ちた。

手を伸ばして彼女はウェデイングドレスに触れる。

「私の為に・・・。ありがとう、蒼さん。私はすごく幸せ者だね・・・・・。」

涙を拭いながら彼女はとても幸せそうな顔で僕をじっと見つめた。

2つの瞳が僕を・・・・・・

好きだ。と

愛してる。と

死にたくない。と

言っていた。

彼女の手が僕の頬に触れる。

それはひどく冷たく、まるで氷のようだった。

「蒼さん・・・、私ね1人で・・死ぬの怖かった。だけど・・私は・・・1人じゃないって分ったの。

・・・私の傍には・・いつも・・・あなたが居る。あなたは・・・私が・・どこに居ても・・・愛してくれる。

だから・・・1人でも・・淋しくないの。」

「未来・・・・・・。」

僕の瞳から落ちた涙が彼女の手にポタポタと落ちる。

「ありがとう・・・蒼さん。私は・・・不幸なんかじゃなかった。

あなたの・・・おかげで私は・・・とっても・・幸せでした。」

彼女の別れの言葉が胸に突き刺さる。

覚悟していた筈なのに・・・・・

涙が止まらない。

段々声が小さくなって行き、崩れゆく彼女の身体をしっかりと抱きしめ彼女の唇に自分の唇を重ねた。

それは最後の口付け。

「そ・・・蒼さん、私を・・・好き?」

「・・・・・うん。」

「・・・・・愛し・・てる?」

「・・・・・うん。」

「生まれ・・・変わっても・・愛して・・・くれる?」

「・・・・・うん。」

「今度は・・・幸せな・・家庭を・・・作ろうね。」

「・・・うん。君と僕が居て・・・クッ・・子供達が居て・・・うっ・・いつも笑顔が・・・絶えない・・そんな家庭を・・・作ろう・・・。」

「・・・うん・・そうだね・・・・・。何だか・・・とっても・・・・幸せそう・・・・・・・。」

笑顔で彼女はそう言いながら・・・・・

静かに・・・・・

瞳を閉じた。

彼女の身体から全ての力が抜ける。

さっきまで僕を見ていた瞳は・・・・・

もう2度と開かない。

さっきまで聞こえていた声は・・・・・

もう2度と聞けない。

「な・・・何でだよ!?何で彼女が・・・何で未来が・・死ななくちゃならないんだーーー!!!」

僕の悲痛な叫びはどこに行くのか?

ただ、周りは静かに桜の花びらが舞っているだけ。

僕の腕の中に居る彼女はでまるで眠っているかのよう。

どれだけ身体を揺らしても、名前を呼んでも何の反応も無い。

彼女は1人あの空へ逝ってしまったのだから。

それでも僕は彼女に呼びかける。

「ねぇ・・・お願いだから・・お願いだから起きてくれよ!!!君の声が・・・君の笑顔が見たいんだ!!!」

止まらない涙は依然、彼女の頬を濡らしている。

「未来・・愛してる・・・愛してる。僕は、君を・・・・・ずっと愛してるから。」

頬を寄せ、冷たくなった彼女の唇に口付けた。

その時だった。

突風が吹いて、桜の花びらが僕らをまるで囲むように包んだ。

僕は、その時確かに見た。

桜吹雪の中で僕に似た人が優しく笑っていたのを・・・・・

 

 

 

そして、月日は流れ・・・・・・

 

僕は幸せの扉を開ける。

「ただいま〜。」

「「パパ、お帰りなさい〜!!!」」

大きな瞳の女の子、顔中にすり傷のある男の子が僕を笑顔で迎えてくれる。

そして、その後ろには・・・・・

「蒼さん、お帰りなさい!!!」

変わらぬ笑顔が僕を待っている

 

 

奇跡は起きた

あの時、僕が見た人物は彼女のお兄さんだったのだろう。

僕は彼の声を聞いた。

『妹をよろしく・・・・・』と。

そして、止まってしまった筈の彼女の時間は・・・・・

今も僕と同じ時間を刻み、歩み続けている

 

 
 

fin





まみ様からいただいた蒼さんノベルです.
ううーーーーーー.蒼さんの悲しみが伝わってくるようです.
そして,最後...
妹のためなら死んでいても奇跡を起こす和希お兄ちゃん最高です!

蒼さん看取られエンドを見た時,
こういうエンディングがあることを願わずにいられませんでした.


まみ様,ありがとうございました♪


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