誰にも譲れない



 

「俺・・・・・・君が好きなんだ。」

夕暮れのサーキットの片隅で向かい合う二つの影。

困ったような顔をする彼女に男は苦笑いした。

「そう深く考えないで。別に君とどうこうなりたい訳じゃない。

君がカズと付き合ってるのは知ってるしね。

君やカズと気まずくなるのはゴメンだ。

ただ・・・俺の気持ち君に知ってて欲しかったんだ。」

ニコっと優しく微笑む男の笑みは同時に切なさも零していた。

「ほら、そんな顔しないで。また、明日から友達としてよろしく。」

手を差し出した男に、彼女は思い切ったように手を差し出した。

大きな手が白い小さい手をすっぽりと包む。

優しい瞳で見つめられ大きな手が自分の手を包んでいるせいか

心なしか彼女の顔は紅い。

男は名残惜しそうに手を放すと『また明日』と言ってその場を後にした。

だんだん小さくなる影に彼女は呟いた。

「加賀見さん・・・・・・・。」

そして、その光景を一部始終そっと物陰から見ていた人物が居た。

 

 

 

「カズさん・・・・・カズさん!!!!」

「エッ、何!?」

ひとみの大きな声に和浩は、身を震わせ驚いたような声を上げた。

「もう、『何』じゃないでしょ?人の話ちゃんと聞いてます?」

ひとみは和浩を軽く睨みながらテーブルの上のティーカップに手を伸ばした。

「も・・・勿論聞いてるよ。タ・・・タマちゃんの話でしょ?」

「違います!!!誰もタマちゃんの話なんてしてません!!!最近、カズさんおかしくない?

変な事言ったり、よく考え事してる・・・・・・。」

ひとみに顔を覗き込まれ和浩は慌ててひとみから顔を逸らした。

確かにひとみの言う通り最近の和浩の様子はおかしい。

仕事でもイージーミスが目立つし、ひとみと2人で居ても心ここにあらずという感じだ。

特に和浩の様子がおかしくなるのは、オングストロームのリーダーでもある

『加賀見 慧』と接した時。

和浩は誰にでも気を遣う。勿論、慧にも気を遣っていた。

和浩は、慧を誰よりも尊敬していたし自分を救ってくれた人なのだから

当然と言えば当然だろう。

しかし、ここ数日の慧への和浩の気の遣い方は半端では無かった。

慧が車に乗ろうとすればドアを開け、買出しに行けば慧の好きな物ばかり買ってくる。

おまけにサーキット場から慧への自宅までの送り迎えを買って出たのであった。

和浩曰く、

『ずっと運転ばかりしている加賀見さんには酷です!!!』

だそうだ。よく分らない理由である。

この和浩の行動にひとみやメンバーは首を傾げていたが、

慧だけは腕を組みながら何やら深く考え込んでいた様子だった。

「・・・・・俺、そんなに変?」

「変というかいつものカズさんじゃ無い・・・・・。」

『う〜ん』と唸るひとみに苦笑いすると和浩は大きく深呼吸した。

「あのさ・・・・・・俺たち別れない?」

「エッ!?」

和浩のゆったりとした優しい声はひとみの耳に届き、ひとみは目を見開きながら

和浩を見つめ、和浩はそんなひとみからバッと視線を逸らした。

「俺と別れて欲しいんだ・・・・・・。」

「う・・・・・嘘だよね?私をからかってるんだよね?」

すがるような瞳でひとみは和浩を見つめるが、依然和浩はひとみと

目を合わせようとしない。

「嘘なんかじゃない。俺は本気だよ。その方がお互いの為にいいと思うんだ。」

ひとみの方を見ないまま更に和浩は続けた。

「短い間だったけどとっても楽しかったよ。ありがとう・・・・・ひとみさん。」

落ち着いた声で言う和浩に、ここが喫茶店だという事も忘れてひとみは

瞳からたくさんの涙を零しながら泣き叫んだ。

「ど・・・どうしてーーーー!?私の事が・・嫌いになったの!?

他に・・・好きな人が出来たの!?うぅ・・・そうならそう言ってよ!!!

お前なんか・・・うっ・・嫌いだ!!!顔も・・うっ・・・見たくないって!!!」

それまで冷静だった和浩が、逸らしていた視線をひとみに戻し大声で叫んだ。

「それは違う!!!嫌いで君と別れる訳じゃない!!!俺は・・・・・今でも君が好きだよ。

誰にも負けないぐらい君を愛してる。」

瞳を熱くさせながら叫んだ和浩の言葉に、

ひとみは目を見開きながら和浩を見つめ返した。

よほど驚いたのだろう。

さっきまで絶える事なく流れていた涙が今は止っている。

赤く腫れた瞳を擦りながら、ひとみはまだ涙曇る声で聞いた。

「ならどうして・・・・・・・・。」

「俺じゃ君を幸せにしてやれないんだ。俺がどんなに君を好きでも

加賀見さんには適わないんだ!!!」

最後は吐き捨てるように叫んだ和浩に、

ひとみは耳を疑い次第に顔は真っ青になっていった。

「加賀見さんって・・・・・まさかカズさん!?」

「ごめん・・・見るつもりじゃなかったんだけど偶然・・ね。

前々からたぶんそうだろうとは思っていたけど、目の前で見るときつかったよ・・・・・。

自分の心がどんどん真っ黒になっていくのが分った。

出て行って、加賀見さんから君を奪って俺のだって見せつけてやりたかった。

・・・・でも、出来なかった。だって、あの加賀見さんだよ。

俺が何一つ勝てる訳ないじゃない・・・・・。

君は俺と居るより加賀見さんと居た方が幸せになれるんだ。」

手を組みながら和浩は、ひとみの方を見ずティーカップに注がれた

ハーブティーだけを静かに見つめ小さく笑った。

「・・・・・カズさんはそれでいいの?」

「あぁ・・・・・君が幸せならそれでいいんだ。俺の痛みなんて我慢出来るよ。」

和浩はティーカップから外へと視線をずらし、その瞳はどこか遠くを見つめていた。

「・・・・・カズさんの気持ちはよく分りました。

でも・・・私のカズさんを好きな気持ちはどこに行くんでしょう?」

「ひとみさん!?」

ひとみの言葉に和浩はハッとし、ひとみへと視線を戻したが

ひとみは既に席から立っており後ろを向いていた為、その表情までは読み取れなかった。

「今までありがとう!!!とっても楽しかったです!!!じゃ・・・さようなら岩戸さん。」

ひとみは後ろを向いたまま、別れを告げ振り返る事なく店から出て行った。

今にも泣きそうなのを我慢し、強がる震えたひとみの声。

ひとみの最後の別れの言葉が和浩の胸に突き刺さる。

自分が言い出した事なのだから仕方がない。

だけど、こんなにも胸が苦しくて悲しい。

もう、2度と甘く優しい声で『カズさん』とは呼んでくれる事はないだろう。

和浩の瞳から大きな雫が流れ落ちた。

大事なモノを手放したのは自分。

愛してた・・・・・

幸せだった・・・・・

君を一生離したくなかった・・・・・

 

喫茶店の片隅で、和浩は子供のように泣いた・・・・・・・

 

 

 

2人の異変に、オングストロームのメンバーである疾斗や航河はすぐ気がついた。

普通に接しているものの互いに『香西さん』、『岩戸さん』と呼び合い、

ひとみは慧の隣で笑うようになっていた。

和浩がひとみに別れを告げ、1週間が経った。

最初はどう接しようか悩んだ和浩だったが、意外にもひとみから和浩に話し掛けたのだった。

『岩戸さん、おはようございます!!!』

『えっ・・・・・あぁ、おはよう。』

何事も無かったように笑顔で挨拶するひとみに、正直和浩は動揺した。

ひきつりながら挨拶を返し、逃げるようにひとみから離れた。

(いつも通りの彼女だ・・・。俺の事はもう・・・・・。)

それ以降もひとみは普段通りに和浩に接した。

ただ、違う事はひとみは和浩の隣ではなく慧の隣に居るという事。

恐らく和浩は気づいてないと思うが、

無意識の内に2人で居る所を見ると視線を逸らしていた。

いつも自分に向けられていた特別な瞳と笑顔は、

自分がこの世で最も尊敬してやまない人物へと今は向けられているのだった。

壁に凭れかかりながら座っていた和浩が深い溜息を付くと、ふと周りが暗くなった。

「?」

何だろう?と見上げた和浩は息を呑んだ。

和浩の視線の先に居たのは・・・

「加賀見さん・・・・・・・。」

和浩の声はひどく震え、掠れていた。

「カズ・・・後で話がある。何の話かはお前も分ると思うけど・・・・・。」

「はい・・・分りました。」

2人は暫し見つめ合い、その雰囲気は只ならぬ物だった。

この場合、見つめ合うというより睨み合いと言った方が正しいのかもしれない。

と言っても睨んでるのは慧だけで、和浩は静かな悲しい瞳で慧を見つめてた。

どちらともなく視線を外し、慧は何事も無かったように近くにいた疾斗に話掛けていた。

(加賀見さんの言いたい事は分る・・・。でも、俺の気持ちは変わらないから・・・。)

その場から立ち去ろうと、和浩が向きを変えると

そこには日本人離れした人物の姿が・・・・・

「航河・・・・・・。」

「カズ・・・お前、自分に嘘は吐くな・・・・・。

お前が吐いた嘘で誰も幸せになんかなれやしない・・・・・・。」

それだけ言うと航河はくるっと背を向け、疾斗や慧の輪の中に入って行った。

そんな航河を和浩は目を見開きながら少し見つめた後、ピットを後にした。

 

 

 

 

夕暮れのサーキット場。

夜が近いせいか、人もまばらで駐車場にはほとんど車は止っていない。

そんな駐車場の片隅に二つの影があった。

長身の男が白い車に背を凭れかけながら、俯いている男をじっと見つめていた。

「カズ・・・・・お前、それで本当にいいんだな!?」

「・・・・・・・・・・。」

「彼女は俺が貰っていいんだな!?」

怒鳴るような慧の問いかけに和浩は苦笑いしながら慧を見た。

「・・・・・さっきから何度も言ってるじゃないですか。

彼女は俺と居るより加賀見さんと居た方が幸せになれるんです。

俺じゃ彼女を幸せに出来ない・・・。

それに・・・彼女は俺の事はもう忘れて今は加賀見さんが好きみたい・。」

バシッ!!!

和浩の言葉は途中で遮られ、頬に熱い痛みが走ると共に和浩の体は後方に吹っ飛んだ。

和浩の唇からは血が流れている。

「馬鹿野郎!!!彼女が俺の事を好き!?そんな訳ないだろう!!!

彼女はな、今でもお前の事しか見ていない!!!俺と話しててもその笑顔は本物じゃない!!!

無理して笑って、陰で泣いてるんだ彼女は!!!」

「えっ・・・!?」

顔を紅潮させながら苛立ちげに叫ぶ慧に、和浩は口元の血を拭いながら目を見開いた。

乱れた呼吸を整えながら慧は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸し、

さっきと打って変って諭すような優しい声で話始めた。

「カズ・・・・・自分に嘘は吐くなよ。お前もね、彼女と同じ顔している。

笑ってるけど今にも泣きそうだ。なっ、カズ・・・俺じゃどうあっても

彼女を幸せに出来ないんだ。彼女の幸せはお前の傍にしかない。」

「加賀見さん・・・・・・。」

瞳を潤ませながら見上げる和浩に、慧は小さく笑みを零すとポンと

和浩の肩に手を置いた。

「香西さん、出ておいで。」

「えっ!?」

和浩が驚きの声を上げると同時に、車の陰からひょこっとひとみが顔を

出し2人の前に歩いて来た。

「ここから先は2人で決めるんだな。俺の役目はここまでだ。」

そう言うと慧は車に乗り込み、窓から手を出して小さく振りながら

高いエンジン音と共に夕日の中にその姿を消した。

慧がいなくなり、2人の間に沈黙が続く。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

どれだけ沈黙が続いた事だろう。

その沈黙は2人が同時に声を上げ破られた。

「「あ・・・あの・・・・・。」」

気恥ずかしそうに見つめ合った2人は頬を赤くさせながら笑った。

「カズさんからどうぞ。」

「いや、ひとみさんからどうぞ。」

「私は後でいいのでカズさんお先にどうぞ。」

「俺は君の後でいいよ。」

互いに譲らず等々、痺れを切らしたひとみが顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「私はカズさんでなきゃダメなの!!!カズさんが好きなの!!!

カズさんが何て言ったって私はカズさんから離れない!!!

私を幸せに出来るのはこの世でカズさんしかいないんだから!!!」

和浩は今にも泣きそうなひとみを引き寄せその胸に優しく抱いた。

「カズさん・・・・・!?」

ひとみが見上げるとそこにはいつもの優しい和浩の瞳が。

「ごめん・・・俺がバカだった・・・・・。君の気持ちも考えないで・・・・・。

それに俺が君を忘れられる訳ないのに・・・。

こんなにも愛してる君を俺が忘れられる訳ないのに・・・・・。」

和浩の優しい顔が涙でぼやける。

和浩の手が伸びてきてそっとひとみの涙を拭った。

「君をもう2度と離したりしないから・・・・・。俺が君を幸せにするから・・・・・。

だから、俺の傍にずっといて欲しい。俺の隣でいつも笑っていて・・・・・。」

「はい・・・・・死ぬまでカズさんの傍に居ます。」

和浩の両手がひとみの頬を包み込み、顔が近づいて・・・・・

唇が重なった。

それは、一生離れない誓いの口付け。

夕焼けの空から星が輝く空へと変わり、月明かりが離れない2人を

いつまでも照らし出していた。


 

fin








まみ様から頂いたカズさんノベルで す。
50000ヒットのお祝いで送った恭介君イラストのお礼に頂 きました♪

リクエストは、
主人公は紆余曲折を経てカズさんと恋人になっている状態。
そこへ慧ちゃんが横恋慕、猛アタック。
(ゲーム中カズさんルートでの航河に疾人ルートの慧ちゃんをあてはめるかんじで。。。)
このへんはまみちゃんの感情の赴くままに甘甘で♪
さて、主人公は最後にどちらを選ぶのでしょうか・・・?
そのまま慧ちゃんに流れてしまうか、カズさんに戻るか、はたまた両方とも別れるか、
航河や疾斗に相談しているウチにこの2人と・・・なんてのもあり!
結末はまみちゃんにお任せします♪

というものでした。

まみちゃんは慧ちゃんファンなのに、失恋させちゃってごめんなさい〜。
でもホントにカズさんらしいお話でした。
ホントに、遠慮しすぎなのよね〜カズさんは。

あと、さりげなく航河がむっちゃ美味しい役どころです。
しっかり緑川ボイスで読んじゃいましたよ!素敵!


まみちゃん、ありがとうございました!!!


戻る
トップに戻る